『大航海時代の偉人達を刻む 発見のモニュメント』ポルトガル一人旅の撮影記録

2017年9月1日(金)~9月9日(土)の間に、夏休みを利用してポルトガルへ行きました。

記事は『ポルトガル一人旅の撮影記録』にまとめてありますのでご覧ください!

 

2017年9月2日(土)

ポルトガルの栄光の歴史
大航海時代の偉人を刻む『発見のモニュメント』

ポルトガルに到着した日に、午後からジェロニモス修道院⇒発見のモニュメント⇒ベレンの塔を観光しました。

発見のモニュメント / Padrão dos Descobrimentos

発見のモニュメントとは?

ジェロニモス修道院から歩いて行ける距離にあります。
ジェロニモス修道院の前にあるインペリオ広場の南側(発見のモニュメントの前あたり)に地下通路があるのでそちらを利用して渡ってください。
1940年にポルトガルで開かれた国際博覧会のシンボルとして、建築家コッティネッリ・テルモと彫刻家レオポルド・デ・アルメイダが作成されました

現在のモニュメントはエンリケ航海王子の没後500年事業として1960年に再建されたものです。
※ジェロニモス修道院とベレンの塔に近く、いっしょに観光することも多いため世界遺産の一部だと思われていることもありますが、発見のモニュメントは世界遺産ではありません。

エンリケ航海王子とキャラベル船

エンリケ航海王子。
自ら航海に出ることはなかったものの、大航海時代の幕開けはこの人無しでは有り得なかった。
大航海時代=エンリケ王子の功績を称え、エンリケ航海王子と呼ぶことが多いです。
手にはキャラベル船を抱えています。

発見のモニュメントは両面に異なる人物が刻まれているのですが、写真は先頭に立つエンリケ航海王子の左手側の全体像です。
キャラベル船の形を模したモニュメントになります。
キャラベル船とは、3本のマストを持ち操舵性の優れた小型の帆船です。
マストの数は時代により2~
4本で変遷していますが、発見のモニュメントはマストが3本のキャラベル船でデザインされていますね!
未知の海域での座礁のリスクが少ないことやその操舵性の高さから汎用されたポルトガルの大航海時代を象徴する帆船です。

 

発見のモニュメントに刻まれる偉人達

キャラベル船の甲板には33人のポルトガルの偉人像が彫られています。
エンリケ航海王子を先頭に左手側には
・アフリカ、ポルトガル帝国を形成したアルフォンソ5世(前から2番目)
・インド航路を発見したヴァスコ・ダ・ガマ(前から3番目)
・ブラジルに到達したペドロ・アルヴァレス・カブラル(前から4番目)
・初の世界一周を果たしたフェルナン・デ・マガリャンエス(通称:マゼラン、前から5番目)
・キリスト教の世界布教に尽力したフランシスコ・ザビエル(後ろから2番目)
などポルトガルの大航海時代に名を馳せた偉人たちが刻まれています。
日本でも有名な偉人たちはエンリケ航海王子の左手側に並んでいます。

 

イエズス会の宣教師 フランシスコ・ザビエル

そして、エンリケ航海王子の左手側に彫られている人物の中で忘れてはならない人物がいます。

日本で一番有名なポルトガル人と言えばこの人!
フランシスコ・ザビエルです。
発見のモニュメントでは右端の方にいます!
キリスト教カトリック、イエズス会の宣教師で、死後に列聖されており聖人となっています。
日本に初めてキリスト教を伝えた人物であることから日本と縁の深いポルトガル人です。

 

ザビエルはハゲではない!!?

日本人のイメージではザビエル=ハゲというイメージが植え付けられているため、この髪の毛がフサフサな男性をザビエルだと受け入れられないかもしれませんが、正真正銘、間違いなくザビエルです(笑)
そもそも、ハゲではなくトンスラと呼ばれる頭頂部を剃ったキリスト教(カトリック)の修道士の髪型なんです。
また、日本の教科書に載っているザビエルを描いた有名な絵画は、ザビエルの死後に日本人が想像で描いたものです。
ザビエルが所属していたイエズス会ではトンスラの習慣はないそうなので、実際のザビエルはハゲではなかった可能性が高いです。
私が実際に見たことのある海外のザビエル像って、みんな髪がフサフサです。
ハゲのザビエル像って見たことがないです。

こちらは先ほどの裏側(エンリケ航海王子の右手側)から撮った写真です。
方角としては西側になります。
こちら側は日本では馴染みのない方ばかりですね…
ポルトガル史上最高の詩人と謳われるルイス・デ・カモンイスはこちら側に描かれています。

 

発見のモニュメントは展望台

発見のモニュメントは高さ52m。
中に入りエレベータで昇ることもできます。
4€で昇れますが、リスボアカードでは無料になりませんので注意!

 

羅針図(コンパスローズ)を象った世界地図

発見のモニュメントの前の広場には羅針図(コンパスローズ)を象った世界地図が描かれています。
その世界地図にはポルトガルがその国を発見した年代が刻まれています。
発見のモニュメントの展望台からこのコンパスローズの全体像を見ることができます。
私は昇らなかったため見れてません。
今思えば何で昇らなかったんだろう(^^;

日本が発見された年は1541年。
種子島へ漂着した年は1543年なので、豊後にポルトガル船が漂着した年が刻まれています。

もっと色々と写し撮りたかったのですが、観光客が多すぎて特にヨーロッパの付近は人がいなくなることがなく断念しました。
アジア方面は観光客も少ないため撮影も簡単ですよ!(笑)

 

25年に1度の修繕工事

25年に一度、大きな修繕工事を行っており、最近では2016年~2017年にかけて行われました。
私は何も知らずに訪れましたが、旅行するのが数か月早ければ工事中で見れなかったかもしれません。
運よく修繕工事直後の発見のモニュメントを見ることができました。
次回の修繕工事は2040年付近になると思われます。
だいぶ先ですが、旅行する方は気を付けましょう!

余談ですが、発見のモニュメントの脇には、カップルが鍵をかけるよくあるスポットも存在します。

 

大西洋を横断したプロペラ機『サンタクルス号』

1922年にポルトガルの飛行士による南大西洋横断飛行(リスボン~リオ・デ・ジャネイロ)を行ったサンタクルス号と呼ばれるプロペラ機のオブジェ。
リンドバーグの無着陸大西洋横断の5年前も出来事です。
発見のモニュメントの近くにあります。

発見のモニュメントのリフレクションスポット

リフレクション(反射)を狙える場所もあるので、写真撮る方はぜひ!
風が強いので、完全な鏡面にして反射させるのは至難の業かもしれませんが…

私が同日に周ったベレン地区の観光スポットの記事はこちら

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